2012年3月11日日曜日

定家全釈:部類歌秋その二十九: 雁の玉梓 ―やまとうたblog―

2276 夕づく日むかひの岡の薄紅葉まだきさびしき秋の色かな

【原文】ゆふつく日むかひのをかのうすもみちまたきさひしき秋のいろ哉

【通釈】夕日が射す向かいの岡の薄紅葉の色は、早くも寂しさを感じさせる秋の趣であるよ。

【語釈】◇夕づく日 既出。夕日に同じ。万葉集巻七1294番歌の「朝月日(あさづくひ) 向山(むかひのやまに)…」(旧訓)から「朝づく日」が「むかひ」の枕詞に用いられたことに擬え、「むかひの岡」を言い起こすはたらきもする。「『朝づく日』に準じ『むかひ』を導く」(岩佐美代子『玉葉和歌集全注釈』)。◇むかひの岡 武蔵国にこの名の歌枕があり(既出)、『歌枕名寄』は掲出歌を武蔵国「向岡」の例歌に引くが、この場合特に武蔵に限定する理由がなく、普通名詞と読むべきであろう。◇まだきさびしき まだその時(秋が深まり、寂しさを感じる時節)ではないのに、寂しい。早くも寂しい。

【他出】百番自歌合、両卿撰歌合、万代和歌集、雲葉和歌集、歌枕名寄、玉葉集769、六家抄


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【解説】薄紅葉に夕日が射してひととき色を濃くし、一足早い深秋の寂しさを感じている。新しい景趣の発見がある。「夕の景気は、初秋より、暮秋などのごとくさびしきと也」(抄出聞書)。建保二年(1214)八月二十七日、水無瀬馬場殿で講ぜられた撰歌合(散逸)での秋十首歌、第六首。

2277 高砂のほかにも秋はあるものを我が夕暮と鹿は啼くなり

【原文】高砂のほかにもあきはあるものをわかゆふくれとしかはなくなり

【通釈】ほかの所にまで秋は遍く行き渡っているというのに、高砂の尾上の鹿は秋の夕暮を独り占めするように啼いている。

【語釈】◇高砂 既出。播磨国。鹿や松の名所。◇我が夕暮 自分のものである夕暮。自分が占有する夕暮。

【他出】百番自歌合、両卿撰歌合、続後撰集309、歌枕名寄

【解説】「秋風のうち吹くごとに高砂の尾上の鹿のなかぬ日ぞなき」(拾遺集 →資料)のように秋の高砂の名物とされた「尾上の鹿」の声に、夕暮の情趣を独占するような哀れ深さを聞いている。「我が夕暮と」の強く押し出す大胆な表現は、定家好みの一体である。

2278 河波のくぐるも見えぬ紅をいかにちれとか峰の木枯し

【原文】河波のくゝるも見えぬ紅をいかにちれとか峯のこからし


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【通釈】河波が下を潜り流れるのも見えない程散り浮かぶ紅葉であるのに、この上どのように散れというので、峰の木枯しはなお吹き荒れるのか。

【語釈】◇河波のくぐる 川波が(紅葉の下を)潜り流れる。「くぐる」は業平参考歌による。業平の歌の「くくる」の解釈は古来「潜る」「括る」両説があり、定家は当該歌の影響が明らかな歌では「括る」意に遣っていることが多いが(604番歌・2090番歌・2119番歌)、定家編著『顕註密勘抄』では「潜る」説を肯定している。

【参考】在原業平「古今集」(→資料)
ちはやぶる神代もきかず竜田河唐紅に水くくるとは
  凡河内躬恒「古今集」(→資料)
雪とのみ降るだにあるを桜花いかに散れとか風の吹くらむ

【他出】雲葉和歌集、夫木和歌抄

【解説】川面いちめんに散って流れる紅葉の景を、業平詠の「水くぐる」、躬恒詠の「いかに散れとか」の趣向を借りて詠んだ。

2279 たまきはる我が身時雨とふりゆけばいとど月日もをしき秋かな

【原文】たま木はるわか身しくれとふりゆけはいとゝ月日もおしき秋哉

【通釈】季節も深まって時雨が降り、我が身も古びてゆくので、残された秋の月日がますます惜しまれることよ。


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【語釈】◇たまきはる 命・内などの枕詞として遣われる語であるが、ここは()の枕詞として遣うか。万葉集巻十1912番歌に「霊寸春(たまきはる) 吾山之於尓(わがやまのうへに)」と遣った例がある。また「魂剋(たまきは)る」すなわち「魂が果てる」意を響かせるか。◇我が身時雨と 我が身が時雨とばかりに。「時雨と」は「時雨と共に」の意にも解せる。本歌を踏まえた語。定家は954番歌でも同じ句を遣っている。◇ふりゆけば 「ふり」は「降り」「古り」の掛詞。

【本歌】小野小町「古今集」(→資料)
今はとてわが身時雨にふりぬれば言の葉さへにうつろひにけり

【他出】秋風和歌集、夫木和歌抄

【解説】時雨と我が身を共に「ふりゆく」ものと並べた惜秋詠。本歌を踏まえつつ恋から季へ転じている。枕詞が一首を引き締めている好例であろう。

2280 霜のたて山の錦をおりはへて啼く音もよわる野辺の松虫

【原文】しものたて山のにしきをゝりはへてなくねもよはるのへの松虫


【通釈】霜の(たていと)が山の錦を鮮やかに織り延べるようになって、長く啼き続けていた野辺の松虫の声も弱まってゆく。

【語釈】◇霜のたて 露や霜が木の葉を色づかせると考えられたので、霜を錦の(たていと)に擬える。◇山の錦 紅葉を山が身に纏った錦織物に喩える。本歌から取った語。◇おりはへて (「霜のたて」が)織っては延ばし。「折り延へ」すなわち「長く続けて」の意が掛かり、「啼く」に続ける。既出。

【本歌】藤原関雄「古今集」(→資料)
霜のたて露のぬきこそ弱からし山の錦の織ればかつ散る

【解説】山野に紅葉の色と松虫の音を配した暮秋詠。「お(を)りはへて」の掛詞が両者を巧みに結びつけている。



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帆足長秋 - Wikipedia

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